2016年5月12日木曜日

伊根 丹波

一泊二日の主宰と行く吟行会。
お世話役の方のきめ細かい計らいに感謝です。
吟行の模様は後日伊吹嶺HPトピックスに書くので写真だけでも。。。



伊根舟屋


鯨が捕獲された写真


天橋立廻旋橋


鉄幹・晶子の歌碑


綾子先生生家



玄関を入ると小学生の手による紹介ポスター



さばへしこは食せるだろうか


料亭内のおみやげ  コースター
四季の四種があり
食事どきには
其々の時期のものを卓に置いてくださいます
今月は 宇多喜代子さんの句でした


雉子鳴けり少年の朝少女の朝       細見 綾子
平凡な雨の一日半夏生           宇多 喜代子
いつかいつかいつかと待ちけふの月   田 捨女
雪の朝二の字二の字の下駄のあと    田 捨女


2016年5月10日火曜日

五月雨?

明日も明後日も五月雨のような・・・
五月雨の句を作りに行ってきます。。。
伊根も丹波も初めてで楽しみです。

2016年5月8日日曜日

佐和山

「真田丸」も段々面白くなってきました。
家康の正室となった秀吉の妹「朝日」
むっつりとした顔で、いつも阿茶の局を介して小声で家康に返事をする。
清水ミチコさんには申し訳ないけど、一連の配役で、なかを演じる山田昌とともに
女性陣の双璧とでもいうべき適役ではないかと。ふふ。

今日は子守の予定でしたが、昨夜になってキャンセル。
夫も一日予定が無かったので 朝、急に、長浜でも行こうかという話になり
それなら未だ行ったことのない、佐和山に行きたいと言いました。

NHKの番宣で、三成役の山本耕史君が佐和山城址へ登っていたのを見て
行きたくなったのでした。
そういえば山本君も杖ついていたなあ~~
若いのにと思ったけど、そこは俳優さんだから、
転んで顔に怪我でもしたら大変だったからでしょう。

同じ風景を見てまいりました。勿論年寄りは杖必携です。入り口で貸してくれます。
安土城よりは 階段の深さが浅かった事は助かりましたが
それでも結構きつくて、ポンコツの心臓が心配でたまりませんでした。
休み休みです。

城址を見ていて、二年前に行った 名護屋城址のことを思い浮かべました。
名護屋は本当にすごい城址だったな~と思います
また、この度の地震で無残な姿になった 熊本城の事も思いました。
築城の大変さ、敗者は城を焼き打ちにされる事、、、
わが市の名古屋城本丸を木造再建にしても、地震が来たら熊本城のようになるかもしれません。
私が市長なら 熊本城修復のために協力してあげたいくらいです。






琵琶湖は霞んで・・・


耕史君も見た石垣


彦根市内のたねやで一服


佐和山城址入口の龍潭寺で買っただるま
ピンクは家庭円満と恋愛成就
このお寺の襖は佐和山城の三成の部屋にあったものを
使っていることもテレビで放映していました
だるまを買うときに財布を絵馬奉納の所へ置き忘れてきたことが分かり
だるまを買わなきゃ財布を佐和山に忘れてくるところでした。
だるまのご利益がありました。

2016年5月7日土曜日

長篠合戦の歌

長篠の児童たちが歌った「長篠合戦の歌」がいたく気に入りました。
昨日、車中でも携帯でユーチューブを何回も聞きながら 小堤西池へ行きました。

明治時代校長先生が作詞作曲したそうです。
二拍子の調子もよく、長く歌い継がれたのでしょうが
太平洋戦争敗戦後は、教育的配慮から歌われなくなったのでしょう。
60数年ぶりに復活したのだそうです。

きっと長篠資料館へ行けば8番までの歌詞もわかるのだと思いますが、、
先日は早く帰ってしまいました。今度長篠へ行って 資料館で歌詞を調べて来なくっちゃ。
と思ったら、歴史好きの家人が、去年の祭り会場で貼り出してあった
歌詞八番までの写真をネットで検索して見つけてくれました。それをプリントしました。






古文調の歌詞ですが、児童たちよく覚えましたね。
5日は幟まつり開始前に、先生引率で、児童たちは城址近くの大通寺(武田勢を弔った)へ
お参りに行ってから 行事に参加していました。

しつこいようですが、お気に入りとしてもう一度ユーチューブ。


「長篠合戦の歌」
合唱祭では  5番から7番は略   武田敗走を謳ったので甲斐の人々への配慮でしょう。


霞か雲か はた風か 地を巻き塵を蹴立てつつ
長篠指して 攻め来たる 時は天正三年の
み山に残る桜花 若葉も浅き五月(さつき)ごろ


城を一挙に落とさんと 機山遺法の武田勢   (機山とは信玄の事。信玄が遺した兵法)
勇める駒の声高く たちまち四面を取り巻けば
かてに苦しむ我軍の 将卒いかでか敵すべし


月はかくれて影暗く 水の音さえ物すごし
鬼神に恥じぬ勝商は 張りたる網を切り破り  (勝商とは 鳥居強右衛門勝商のこと)
さか巻く波をくぐりぬけ 狼煙をあぐる雁峰山


使命果たして帰り道 不意に虜となり果てぬ
流石にとみたる奇智をもて 敵をはかりて我兵に
今に救いは来らんと 言うより早く突かれたり


今や三百年前の 事とし言えど消えやらぬ
苔むす石に名を残す 誉れを鳥居権現と
まつる社頭の山桜 大和歴史の光輝なり

と、よく暗譜できたものだと感心しています。

2016年5月6日金曜日

かきつばた

降り出しそうな朝、三好の苗店へ行くというので
その前に刈谷市の小堤西池へと懇願し、何年ぶりかで
綾子先生が詠まれたかきつばたを見に行きました。

天然の風吹きゐたりかきつばた  細見綾子   

かきつばたの守り人(ボランティア)の方が
この花がもうすぐ開くよと言うと、一片解れました。
あと二片開くと思うけど、どれくらい時間がかかるかは分からないと言われたのですが
あわてて携帯を取り出し、20秒くらい写しては止め、また写しました。
(時間が長いとサイズが大きくなりアップできない)
と、二度目に残りの二弁が開いたんです!!それがこちら↓見えるかな?



かきつばた紫を解き放ちゐし 細見綾子  無量寿寺(知立市) 

綾子先生は「風」の愛知大会の折に
知立と刈谷を訪れ、この時にかきつばたの句を多く詠まれました。
いずれも 昭和60年78歳の作。






その後いくつかの蕾の前で、畔に座り込んで
録画モードで30分くらい開花を待っていたのですが、結局開いたのは初めの一枚のみ。
守り人さんによると、やはり晴れた日のほうがぱっと開くようです。


「昨日は一日とても強い風の日でしてねえ~この池は遮るものがないから
との言葉に、「天然の風」だと思いました。
昭和60年にも同じように吹いていたのでしょう。そう思うと感慨深いものがありました。
今年は花がよく咲いている方で、見ごろはこの一週間くらいということでした。

2016年5月5日木曜日

伊吹嶺5月号

長篠ののぼりまつりに出かけて帰宅したら届いていました。
中野一灯さんの句集『夜霧』特集もあり、ずっしりと濃い一冊。

遠峰集より

口朱き子規の自画像鳥雲に

学生街薔薇の新芽の真くれなゐ

ひるがへる紫紺の校旗風光る   (明治大学)

ギロチンの錆びし刃や冴返る    (明治大学博物館)

鷹鳩と化して出土の兵馬俑

★.。.:*・°★.。.:*・°★

今日の長篠、朝6時40分に出発。
長篠の「長篠合戦のぼりまつり」は今年で51回目だそう。

新城市鳳来支所の一番便利な駐車場に停められてよかったです。
シャトルバスで 長篠城址公園にて 火縄銃の実演を見る。
そのあと 武将隊の行列と、地元の小学生による「長篠の合戦の歌」の披露がありました。
テントで販売の鮎飯を食べて、(昨日の藤岡の鮎飯より美味しかったかも)
(昨日は鮎飯はひと口だけ、鮎の姿焼き一本とアマゴを一本の半分くらい
頭からかぶりついたのですが、アマゴの頭は固かった)
早めに切り上げ、四谷の千枚田と阿寺の滝へ。
まだ千枚田は半分ほど水を張り、二三枚苗を植えたばかり。





長い歌をしっかり歌った長篠の良い子



四谷の千枚田を中ほどから見下ろす



まだ小さいへびいちご?

阿寺の七滝 二度目かな
段々足がついていけなくなりました。
メイド・イン・プリズンの靴が23.5なのに親指が少し閊える。
ためしに履いた時は丁度良いと思ったのですが。
河鹿の鳴き声が聞こえました。

帰宅すると風でゴミ箱がひっくり返っていたようで、何方かが隅に片寄せてくださってました。

2016年5月4日水曜日

藤岡町  藤まつり

何だかパソコンの動きが遅いのが気がかり。

朝の雨が上がり、とても良い行楽日和となりました。
豊田市藤岡町で 藤まつりがおこなわれるようになって何年位でしょうか。
地名に「藤」がついているからか、藤が多い町だから「藤岡町」になったのか??
今は豊田市と合併されています。
足助も豊田市なので、豊田市は愛知県第一位の面積を誇っています。
三色の藤の色の違いが分かると良いのですが。







藤岡町フラ教室の皆さん
2教室の合同演技
紫のドレスが藤にぴったり


ふじまつり歌舞伎公演 (於:藤岡町石畳体育館)

源平咲分牡丹 重忠館の場

平家の血筋の奥方が平継盛の子、六代君を
源氏の重臣である夫畠山重忠のいいつけで斬ろうかと言う場面


子どもだけで行われた
白波五人男~稲背川勢揃いの場~

入場の際に、おひねりをもらいました!
それと、自分でティッシュで包んだおひねりでもって、
三回に分けて投げてきました!
写真は撮りたいし、
おひねりを投げに前へ行かなくちゃいけないし・・・
で、ピントが合っていません。