東海市太田町の弥勒寺の節分会に行ってきました。
去年は叔母の通夜の日だったので
代理でご祈祷してもらいました。
今年くじ引きで義妹が「日本酒」一升が当たり(一等)
「酒屋がお酒の大当たり」でした。
一人で一家三人分の輪袈裟をかけていた方があり
全員の参加料を払って信心深いんだなあと思ったことでした。
従姉たちは一家の大黒柱、世帯主の名前で申し込み
私は自分の名前で申し込みます(=^_^=)
本堂でご祈祷を受け
お札、破魔矢、豆、くじ引き、おときの人参飯、柊の小枝付き。有料です。
豆撒きの豆踏んで出る札所寺 ☆NORIKO☆
ほぼお惣菜
この日記は前日下書きしています。
壬生寺では2月2日から3日
「節分」の演目で狂言が行われます。
「後家さん」「ひょっとこ」「赤鬼」が出てきて
言い寄ろうとするところを
あの手この手を使い、最後は豆を打って退散させる(と思う)無言劇でした。
護摩焚きもあり
山伏の弓が放たれたり
屋台もたくさん出てにぎやかでした。
4月の壬生狂言のとき「炮烙割り」というのがあります。
そのとき使う何百枚(何千枚?)もの炮烙は
この期間に奉納したものだということを知りました。
私も一枚奉納してきました。
ぜーんぶコピペですが・・・著作権に触れていないかなあ??
皆さんは、動物の数え方に「匹」と「頭」があるのをご存じと思いますが、その呼び方の違いに、実は「馬」が関わっていたということを知っているでしょうか。私は動物の数え方に関する情報番組(TV)を視聴することで、両者をどの様に使い分けるか、そして、どの様な由来をもつかを知ることができました。大変興味深いことに、某大学の先生(言語学者)によれば、「匹」と「頭」の使い分けには「馬」が関与しているとのことです。
日本人にとって馬は大切な動物であり、古くから移動や輸送、農耕などに利用されてきました。人を乗せたり荷物を運んだりする中で、人(馬子)は引き手を使い、馬を引くことで操っていました。この「馬を引く」という行為の「引き」が由来となり、「馬を1引き、2引き」と数えるようになったということです。また、「匹」という漢字をあてはめて「1匹」という数え方が定着しますが、この「匹」は、2頭の動物(馬)が追走する姿に由来する漢字だそうです。馬に対する数え方「匹(引き)」は、その後、すべての生物(鼠や猫、犬、狐、狸、熊など)の数え方にも使用されるようになります。
一方、米国ではカウボーイが牛を数えるのに、「head」を使用しています。これは、遠方からでも牛の頭は識別しやすく、頭を数えると頭数になることから「〇 heads」と呼称しています。
明治時代に英語が日本に導入されると、これに併せて牛や馬の数え方である「head」も入ってきます。そして、「head」を直訳(和訳)した「頭」が、日本においても牛や馬の数え方に利用されるようになります。そして、象や熊などの牛や馬より大型の動物にも「頭」が使用されるようになり、一方で鼠や猫などの小型の動物には従来どおりの「匹」が使用され続けます。また、小型であっても特に価値の高いものには、敬意を込めて「頭」が使われるそうです。
このような数え方の変化は、夏目漱石の作品中にも見ることができます。彼の作品中において、1906年の「草枕」では馬を「匹」、1917年の「明暗」では馬を「頭」と数えています。
★.。.:*・°★.。.:*・°★
と、なんでも検索すれば調べられて便利な世の中になりました。
ちなみに 蝶々は「一頭」「二頭」と数えると聞いたことがありますが。。。なんでどす?
「真田丸」 あら探ししているわけではないですが
信長に献上の馬は「一匹」っておかしいのでは?「一頭」でしょ。
信長は 「花子とアン」の炭鉱王のイメージが・・・もう少し若い人でお願いします。
といっても もう本能寺の変でした。。
家康の顔は丸顔の方がいいですが、でも内野君は演技がうまいからOK.です。
何を演じても後光がさしているような草笛光子さん。
声もきれいだしよく通る声で演技もお上手で自然で好きです。
草刈正雄も重厚感がありますが 難聴の私にはもう少し聞き取りやすくお願いします。
高畑淳子と木村佳乃の台詞回しのハイテンションは
舞台ならともかくテレビで 特に大河ではついていけない部分があります。。
「刑事フォイル」前回のも良かったです。
南部地方に毎週殺人事件が起こるわけはないと思いますが
何気ない台詞にも心の機微をさらりと描いて名作だなあと思わせてくれます。
日本のドラマのレベルが下降線のような気がして。。。
さ~てテレビばかり見ていないでお散歩しなくては 体重が上昇中。
お隣の家はぐんと高いところなので
家のお花は遅いです
遠峰集より
薄日さす湯気やはらかき吸入器
婿に似て天然カール七五三
鈴の緒のほつれしままや神渡し
舞ひ上がる舗道の落葉レノンの忌
摘みたての蜜柑土産にクラス会
★.。.:*・°★.。.:*・°★
「私の履歴書」 小椋 佳
最終回 <本稿の最後に近々レコード化する曲の歌詞の一節>がありました。
新聞は切り抜きしていないので
こちらへ
『生命は何時も生きようとしている』
生きていれば 誰にだって
闇に包まれたり
不運と言う 重い岩に
圧(お)し掛けられたり
そんな時も どんな時も
命というものは
人の意志の どうかを問わず
生きようとしている
・・・・・
深い嘆き 抱く時も
命というものは
翳す炎 絶やすことなく
生きようとしている
予兆も無しに 訪れ来る
揺蕩う運命に ただ
幸運幸福 約束はされない
けど 聞きましょう
命の声 心の奥底で今
生きましょうと
生きてみましょうと
響く歌声
出来れば より善く
より美しくと
より美しくと
一年前の今日、救急車から我が家へ電話があり
二日後に叔母が亡くなりました。
今日は一周忌法要へ行きました。
ご住職が雅楽が趣味で また龍笛を吹いてくださいました。
法事の時くらいしか会うことがないのですが
義理の叔父の弟さんのお嫁さんが NHK全国短歌大会で
ステージに上がったことがあると打ち明けてくれました。
選者特選だったということですね。
楽屋のお弁当には一寸がっかりしたそうです。
今日は雨も上がったので義母の形見の色無地を着ていきました。
寒いので黒の羽織も着ました。
羽織は帯結びの下手さ加減を隠してくれるので重宝しますが
女性は正装には着ません。
運転していったので、足袋の足に靴を履いて 着いたら履き替えて。
ぺらぺらの化繊の足袋にしたので靴が履けました(ー_ー)!!
あさが来た あさは ちょっとした公の場に行くとき
よく黒紋付き羽織を着ていましたが、今日から洋装!!
実年齢は何歳の頃だったのでしょうか。
法事から帰ってテレビをつけたら
テレビ愛知で故郷の東海市を紹介していました。
洋ラン栽培も盛んですが カゴメ発祥地もあり。
工場の向かい側に吹けば飛ぶような私の生家があります。
弟曰く 家が映ったとのこと。
私は写真を撮ろうとスマホを操作していて見逃しましたが。
★.。.:*・°★.。.:*・°★
昨日か一昨日、長谷川櫂が出演していたEテレ。
ようこそ先輩だったかな??
残念ながら途中から少ししか見ませんでしたがこんな風でした。
じっくり作者と句について面談もしていました。
そして多分 二時限目(翌日?)に句会をしたのじゃないかしら。
赤い花が素敵でしたし
短冊も豪華だわ~先生も有名な先生でラッキーな小学生ですね。
櫂さんが面談していた男の子の二点句
こんにちはすわっていい?とことりがかぜに
「?」を櫂さんが 付け加えました。
良い感じの句ですねえ~~この句とても好きです。
今日は愛知支部新年俳句大会の反省会でした。
披講人数が多くなっていくなかで
時間通りに進行したことは かつてない良い段取りで
リーダーのKさんに感謝。
回を重ねていくと次第に良い形が出来上がっていく
そんなことを思いました。
引き続き来年もお手伝いをさせていただきます、と、
小さい声で手を挙げてきました。
帰りは今日が誕生日のちびっこへ
小さなケーキを買って帰りました。
ケーキを買う前に合皮のバックスキンのショートブーツを衝動買いしてしまいました。
合皮と言わなければ分からないと思います♪
お金ないのに買い物ってどうして楽しいんだろ?
明日は叔母の一周忌法要。
雨が降らないといいのですが、午後雨の予報。